サイネージと間接痛

他人の日記。こんばんは、ここはいつでも夜ですよ。

だって悔しかったんだ。

はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」

 

彼との日々は、おおよそ覚えている。

『おおよそ』と記したのは、全部覚えていると驕っていた頃に出た話。彼から数年前プレゼントされたTシャツのことをすっかり忘れていたからだ。

さて、初っ端に最低、と引っ叩かれそうな話題を出してしまったが聡明な彼はそんなことをしなかった。あら残念とどうしようもない顔で笑っただけであった。

罪滅ぼしにでもこの記事を書こうと思った。いいかい、初めに言っておくけど決して僕は忘れっぽいんじゃあない。偶然、ほんの偶々、その日のその瞬間だけ彼が口にした出来事をド忘れしていただけだからね。つまり何を言いたいのかというと、『記憶に残っている、あの日』に相応しいエピソードを探すべく、彼との思い出を並べていこう、というわけだ。これだけ全部覚えてるんだってことを証明するためにね。

 

まずは出会い。いつ頃、なんで言えば身の回りの事情が明け透けになりそうなので学生の頃とだけ言っておこう。

僕はクラブ活動に精を出すタイプじゃなかった。とりあえずで入った美術部、顧問とどうも気が合わない。仕方がないので逃げるように美術準備室に入り浸る毎日。そこからなら外で活動してる友人たちが眺められたし、変なものがいっぱい置いてあって面白かった。一、二回だけきちんと美術室に顔を出したことがある。ほんの初めの頃だ。ある程度会話を済ませたメンツの中に、知らない人がいた。後の彼である。机と窓の向こうを交互に見て、鉛筆で景色か何かを描いていた。一声かけると会釈されてすぐに目を逸らされたから、警戒されてるなぁ、って思ったね。

次、馴れ初め。出会って一年間は本当に関わりがなかった。彼はちゃんとクラブ活動していたし、反対に僕は全然行かなかった。ただ廊下をフラフラして、音楽系の部室の前を通り過ぎては覗いて、テキトーに喋って、また準備室に篭っていた。そのとき音楽部の友人が、彼の話をよくしていた。頭が良くて優しい、落ち着いてる。聞いた話はこんなんだった。聞いてるうちにどんどん彼が気になっていった。教室が違うから休み時間のたびに遊びに行っては話しかけ続けた。今までこういう、クールな感じは周りにいなかったからどう接していいか分からなくて、僕はもうとにかく自由に振る舞った。手になんか描いてよ、とか、一緒に遊びたいとか、だんだん慣れてって、連絡先教えてよ、とか。まあ、最後のは断られたんだけどね。

さて、ここでファーストアクション。彼の家に初めて行った時。僕は覚えてるぜ。彼は多分、あんまり覚えてない。

初めて遊んだ時は日曜日だった。午前中に伺って、そんで昼をご馳走してもらった。なんなら何食べたかも覚えてる。ペペロンチーノ。

ありゃ、ちょっとこのペースだと長くなりすぎるな。てなわけで、巻きでいきましょう。

初めて二人で出かけた日、覚えてる?行事があったからその振替休日、確か月曜日。一緒に写真撮ってもらおうって言ったらおひとりでどうぞって言われた。なんかイベントスペースみたいなところで体力テストみたいなのもやったよな。君の肺活量の無さに驚いた。

初めて誕生日を祝われた日。これは出会ってすぐに僕がめっちゃアピールしたからかな、全然仲良くなる前だったのにプレゼントくれた。今でも持ってる。焼いてくれたカボチャのパイも、お返しに桃のゼリーを作ったことも。ばっちり全部覚えてる。

いやだめだ、覚えてるが多すぎる。

二人で映画を観に行ったこと、僕が連れてくファミレスが尽く初めてなこと、アイスを二人で食べたこと、良いとこのチョコレートを持っていったこと、月が綺麗だからメールをしたこと、お気に入りの服や音楽の話、夢で見た不思議な島の話、隣で白熱するゲームも、律儀に貸した漫画全部読んでくれたり、マグカップをプレゼントしたときのことも。もっといっぱい、いろんなこと。

全部覚えてる。大事なこと。

 

ああ、並べてみてわかった。どれも大事な記憶ばっかりだよ。だからこそやっぱり『記憶に残っている、あの日』は、彼とのことは絶対全部覚えてるって自信がぶち壊された、Tシャツの日だね。

だって悔しかったんだよ。ほんとに全部大事なことだからさ。